|
2026年3月23日 ノー!ハプサ第2回口頭弁論 3月23日(月)ノー!ハプサ孫世代訴訟の第2回口頭弁論が東京地裁で開かれた。
夫を亡くした若き祖母は一人で義理の両親の世話をしながら、針仕事で苦しい生計を立てなければなりませんでした。祖父が連行されてから祖母は義父が亡くなるまで一人で人生のすべての重荷に耐えました。再婚もせず、ただ私の父である朴元培(パク・ウォンベ)一人を頼りに、89歳で亡くなるまで過酷な歳月を耐え抜かれました。 日本が敗戦し解放された時、祖母は当然祖父が帰ってくると固く信じて待っていました。一人で心の中にだけ秘め、帰ってこない夫を待ち続けました。亡くなる前に「誰に一番会いたいか」という質問に「夫に会いたい」と答えた祖母の無念な気持ちを、私は永遠に忘れることができません。祖母は亡くなるその瞬間まで、「日本の侵略戦争のせいで殺された夫を返せ」「靖国神社からの合祀を撤廃しろ」と絶叫していました。 日本政府と靖国神社の無断合祀により、私たちはまともな追慕すら妨害されており、私たちの「民族的人格権」と「平和的生存権」は徹底的に蹂躙されています。三浦裁判官が、現在も日本政府の情報提供行為と不可分一体の行為によって侵害が継続して損害が発生しているとみる余地があると判断したように、無断合祀が維持される限り、我が家の苦痛は今も続いています。祖父が強制動員で犠牲になったことで、祖母や父、そして私に至るまで、我が家全体が悲劇的な運命を経験しなければなりませんでした。そして解放後80年が経過した現在でも、祖父が中原憲泰という創氏改名によって強いられた日本の名前で靖国に閉じ込められているという事実は、植民地時代に強要された暴力から我が家が依然として一歩も自由になっていないことを証明しています。私はこうした家族の苦しみを終わらせるために、今回の訴訟に原告として参加しました。」 その後、内田弁護士から国の準備書面に対する反論として、「論点の一つ1988年自衛官合祀拒否訴訟最高裁判決は判例変更すべき判決である。「国事に殉ぜられた」この考え方に違和感を持っている。天皇の戦争での死、韓国の祖父の死が「国事・・」とは許せないとの思いは当然だ。靖国は創建以来、国家と一体。復員業務を靖国が肩代わりしている。国家が「信教の自由」をいうのがおかしい。」と主張した。 次回第3回口頭弁論は、7月17日(金)11時から開かれる。 参議院議員会館で報告集会 午後、参議院議員会館で報告集会が行われた。
大口弁護士からは「国の言っていることはけしからんこと。祭神名票という名の帳票を作り、寄進した厚生省。A級戦犯の合祀の際の会議では神社側が驚いて、本当にやるんですかと言っている。慎重な神社に対して積極的な厚生省。なのに「情報を教えたに過ぎない」などと嘘をついている。一体となって関係を深めながら神社の役員会に出席して発言している。新編靖国神社問題資料集に国から神社への情報提供の事実関係が収められている。援護法と一体の合祀手続きだったため、沖縄では集団自決の赤ん坊まで対象にするため合祀されている。ずるがしこい方法で援護法は進められた。今後の進行協議では体系的に打ち出していきたい。本件は人格権回復の裁判だ。人の道の問題だ」と発言。 金英丸(キム・ヨンファン)さんは、「昨日朴さんと一緒に靖国神社の遊就館に行った。ヒジャさんは8月のキャンドル行動には参加予定。韓国では、昨年12月23日に靖国合祀訴訟をソウル地裁に起こした。これまで国家を被告にするには主権免除の壁があったが、2023年の慰安婦裁判判決で乗り越えた。日本政府と靖国を相手に10人での提訴になった。名誉棄損の損害賠償裁判。公示送達の手続き中だが、2018年大法院判決以来、日本政府は送達に一切応じない。それ自体国際法違反だ。今後国際法の専門家を呼んでセミナーを開く予定だ。これまでのGUNGUN裁判、ノーハプサ裁判あっての今回の裁判だ。第三者弁済も暗礁に乗り上げている。これまでの大統領は歴史問題を無視するとローヤ行きになっている。かつて生きているのに靖国合祀されている原告に金希鐘(キム・ヒジョン)さんがおられて、靖国神社に抗議に行くと「あなたは幸いにも生きておられるので、魂はこちらには来ておりません。元気でお過ごしください」と真面目な顔で言った。あきれてしまった。戦争できな臭いが、戦争反対が大切。この訴訟の意義だと思う」と述べた。 今回は在日韓国人のYさんが参加した。Yさんは「私の祖母の兄2人が太平洋戦争に動員されて戦死しているのは知っていた。今回、金英丸さんにお願いして、その記録を取り寄せてもらうと、靖国に合祀されていることがわかった。事実を知ることは勇気がいるが、目をそむけることはできない。今も植民地支配が続いている。これまでの皆さんの闘いに合流していきたい。明日、遺骨の対政府交渉があるが、一人はグアムで亡くなっていて、遺骨も戻っていない。DNA鑑定をぜひ求めたい」と力強く決意を語った。 |